少しずつ、砂漠に緑が増えて来て
池があちこちに見え始め。
緑の色もどんどんどんどん濃くなって。
ラジオからブルースやソウルがごきげんに
流れ始め、気がついたら灯りの首飾り
のような列車と並んでせ〜ので市街地に
入って行った。鉄骨の兜のような
橋を渡って、このグレイスランドへ。

メンフィスでの一夜、僕はタイ料理を食べた。
ここでなぜゆえタイ料理?ま、いいか。
ナビのAsian Mealって項目の一番最初に
出てくる店がモーテルから一番近かった
ので。しかしこれが、大当たり。

メンフィスのダウンタウン。
市電が走り、古き良き時代が
その移り変わりで劣化した建物から
薫り立つ。

僕が食べたのはレッドカリー。
「7倍くらいのからさ」
辛すぎず辛くなさすぎず
非常に僕にはいい辛さだった。

イルミネーションのついた馬車も
見かけたので、きっと客が乗ると
せ〜ので灯りがつくのでしょう。
メンフィスは灯りの分量が丁度いいなあ。
闇ににじむかんじが泣かせるなあ。

メンフィスに入る手前で清志郎さんの
唄がラジオから流れた。いや、英語だったから
そっくりの声の違う人のものだったのかもしれない。
でも、僕は、あれは清志郎
さんの声だったと思う。まったく確証はないの
だけれど。魂のかたまりみたいな声。
笑いながら泣いているような。
ウエルカムメンフィスって照れながら言って
くれてたみたいな。あったかくて
ひりひりする。

時間にすれば一日〜二日の出来事
かもしれないが、あまりに沢山の
ことが起こり過ぎていて頭が
こんがらがっている。
言えることは、着実は旅はNYC
向かって進んでいるということ、
ぴも僕も超元気だということ、
日本食に飢えていると言うこと、
ピアノが弾けないということ、
以外はなにも変わらず、ただ
新学期に向かってパブロフの犬
のごとく、東海岸を目指してアクセル
に力を入れている。

現地点はアルバカーキ、サンタフェを
過ぎて、小さなスピリチュアルな街、
アメリカンインデイオの文化の根付く
タオスだ。さっき着いた。

今朝のセドナではこんな世界が展開されていた
はずなのに、、、

振興都市ではマック休憩などしつつ
ちょっとは余裕ぶっこいてはいたのだけれど、

アメリカは広い。
「ああ、道に迷っちゃった。
じゃあ、4=5時間くらい戻ってみる?」
なんて感覚、日本にいるときは
考えもつかなかった。

でも、夕焼けが近づくと静粛な気持ち
になるのはどこにいても同じ。

あの〜、書きたい事は山ほどあれど
またNYCに戻ってからゆっくり
落ち着いて詳細を書く事にする。
とにかく今は無事にモーテルに
いるということ、
泥のようにつかれてはいるけれど、
ぴーすの耳掃除をしてから、
寝ようと思っているということ。

そうだ、忘れちゃいけない。
なんだかんだいいつつ、夏の終わりのひとこと、
「残暑おみまい申し上げます!」
を今日こそは。
残暑の中を疾走中のみなさまへ。
L.A.ステイが終わり、NYに
向けて旅に出た。
犬とふたりの関東甲信越の旅。
ちゃう〜〜〜〜’&%$##”
ほんのついさっきロスの離れを飛び出て
車の鼻っ柱をフリーウエイにちょこっと
突っ込んだばかりだったのに
もう、アリゾナの
セドナにいる。
この街にも会いたい人がいる。
このモーテルにはプール
があるので朝は無料の朝食を頂き、
プールで少ししげる松崎してみよ。
(あ。日焼けね。こんがりと)
「あ。犬を連れて入らないで」
その巨漢の男はそう無愛想に言い放った。
「コーヒーを一杯いただくだけなんで」
ぴーすをだっこしていた僕はそう懇願したが
そのモーテルのレセプション係の男は
「コーヒーはいいけど犬はだめ!」
強く念押しして僕をにらんだ。
なんて融通の利かない、そう心で
舌打ちしたが、仕方なく僕は、
ぴーすをステイさせておけそうな
木の根っこを見つけて
リーシュをしばって、コーヒーを
とりにはいった。

「犬をああやってほったらかしにすると
いつだれが連れて行ってしまうかもしれない」
今度はそんなことをぶつぶつ僕に浴びせる男に
煮立ったコーヒーを入れながら僕はかなり
頭に来ていた。
更にしゃべり続ける彼を完全に無視して
僕は外に出て部屋に戻った。

ここまでだと単に嫌な男の話だが、ストーリー
はまだ続く。
その数分後、僕は淡々と
「チェックアウトおねがいします。
ありがとう」
とだけ言い放ち、鍵を彼に返した。勿論犬は
車の中に置いて。で、犬の元に戻ったらなんと
車があかない。車をオンにしてばたんと
ドアを「いつものように」閉めたら運悪く
自動ロックされてしまったのだ。

体裁などかまってられない。べガスの暑さは
半端じゃない。僕はすぐさまロビーに戻り
一部始終を話しその「かんじわるい男」に
助けを求めた。男はすぐさま電話帳を調べ
僕にある会社の電話番号をくれ、電話を
貸してくれた。そう、携帯もなにもかも
僕はぴーすとともに車の中に残したまま
なのだ。

電話で交渉成立、40分くらいで「車の
トラブルなんでも会社」の男は到着する
らしい。ぴーすの様子を見に行くと心配
そうに助手席で僕を見上げている。ごめん
よ。僕はそう言って再びロビーに戻り
コーヒーを飲んだ。こういうときの一分の
過ぎるののなんとのろいことか。
気がつくと僕の手元のコーヒーが足されている。
ふと見上げるとあの男があの無表情な顔で
「入れたてだからあったまるよ。こんなことは
しょっちゅうあるから、大丈夫。安心しろ」

17分くらいすると男が顎で外を指した。
すると一台の車が僕のFORDへと急停車した
ところだった。僕はすぐさまドアを蹴って
外へ出た。ピッキングとはこうやるのか、
見事な腕前の「車何でも屋の兄貴(ヒスパニック)」
に感心しながらギャラとチップを渡す。そして
開いたドアに駆け寄って来たぴーすを抱き上げる。
そしてすぐさま「あの印象最悪だった男、しかし
僕とピースの窮地を救ったあの男」に$20
ドルのチップを渡しにロビーへ戻った。すると

「この金は受け取れない。俺は当たり前の
ことをしたまでだ。それよりまたべガスに来た
ときはこのモーテルに寄ってくれよ。
安全運転で、気をつけてロスまで行け。元気でな」
男はそう言って仕事に戻った。
僕はなんともいえない感謝と様々な気持ちで一杯になったが
「わかった」とだけ言いロビーを出た。ちらっと振り返ると
男はなにごともなかったかのように
黙々と雑巾でロビーの床掃除に精を出していた。

僕はふたつのことを思った。
ひとつ、人間を短時間で判断するほど自分は
物事をちゃんと見れてなどいないということ。
もうひとつ、すれすれの危険を犯しながら
ドアはたまたまロックされずに
僕はべガスに辿り着けていたんだ
ということ。
ドアは「運悪く」閉まったのではなく、
たまたま僕の旅が
「運が良すぎた」だけなのだ。
今日は旅の最中にあった奇妙な話。
僕のレンタカーは4weeks、GPS(ナビ)
つきで借りている。ナビの行き先を仮で
入れるとき、1−1、Main street,,,,
というようにすると大抵、その町の
中心に辿り着くので、その日も
なんの疑いもなくそうやって

12時間くらい走り、ミズーリのカンサスシテイ
に辿り着いた。久々に見る街のビル群。
しかしナビはどんどんその先へと指示
する。

夜中の1時を回ってナビ通りに「到着」
した場所は、郊外の廃線とコンテナの
続く真っ暗闇の場所だった。

車から降りてあたりを見回すと
忘れ去られた廃墟にただカエルの声
だけが響き渡る。心臓が飛び出そうだった。

そんなとき。暗闇の先から一台の車
がやってきて、僕の後ろに停まった。
やばいことになるのはまっぴらなので
すぐさま運転席に飛び乗って逃げた。
一目散に。しかしどこまで行っても
暗闇が延々に続く。
そして。こともあろうに、その後ろの
車がぴったりと僕を追いかけてくる。
単線の線路をいくつも越え、鉄工所
のような暗闇の敷地を抜け、見知らぬ
土地を僕は走り続けた。しかし
追いかけてくる
車はどこまでもひつこかった。

1時間くらい走って走って
やっとの思いで高速の乗り口を
探し当て、光のある場所へと
出た。するとうしろをぴったり
マークしてきた車の運転手が僕に手をふり
ながら、高速へと先に
乗って行った。ああ、
もしや、きみも迷ってたのね。
なにごともなく街について
モーテルにチェックインできてよかったが
不思議な体験がもうひとつ。
廃線に辿り着いたとき、どうもバックミラーに
不思議なクリップのようなあかりを見続けて
いたので気になっていたのだが、車が
暗闇に到着して僕自身が外にでたとき
、、、その光がジグザクに動きながら
僕のほうに近づいて来たのだ。そして
後方をゆらゆら降下してくる。
固唾をのむ僕。すると光は一瞬止まり
方向転換したように闇へと消えて行った。
後ろから車がくる3分くらい前のことだ。
今日はこの家の主である映画評論家の
友人がロンドンプレミアに出席のため
何日かの旅をするので彼女を
車で集合場所まで送る。留守はまかせ
てくれ、とばかり洗濯に精を出す。
ロスが朝overcast(曇天)なのは午後の
晴天を意味するらしく、干した洗濯物
ははたはた、庭でいいかんじに
仕上がりつつある。

練習はジャズのスタンダード「チェロキー」
尊敬するNYのピアニストの先生から教わった
リハーモニゼイションに基づき自分なりの
世界を徐々に完成させる。
ぴ「あらそうなの?がむばって」

僕の習っているドラマーの先生が
金曜日までロスを離れるので
先生から紹介して頂いた
ベネズエラ人のドラマーの先生から
ドラムの基礎の基礎を教えてもらっている。
その先生からの明日までの宿題、
ピアノでいえばハノンのような教科書
「stick control」を
ひたすら繰り返し練習すること。たかたか
たかたかたか。たかたかたか。たか。

昼食は自作、
「たまねぎかつおぶしじゃこうどん」
家ごはん、一番だね〜。そして午後は
西川美和監督「デイア ドクター」を
鑑賞。素晴らしすぎてことばがない。
マイタイプ。

西川監督には是非
アカデミー賞をとっても
らいたい。外国映画賞とか
じゃなくて作品賞を。

そして主が不在の
キッチンでは今僕がチキンを解氷して
庭にあったローズマリーとローリエを
ちぎってちぎってputして
野菜ぶつ切りの自己流スープ制作中。
果たしてちゃんと食せるのだろか?
ご飯は五穀米&ちりめんじゃこ
を炊きつつ、、、。

そんなわけでロサンジェルスは
夕方に時間が向かってますが、
まだまだこれからってかんじ。
世界中あちこちのみなさんにも
最高な一日を!

「ジョニーにきつく言っとかなきゃだめ。
彼はいつだって甘やかすと図に乗るタイプ
なんだから。夫に与えすぎる自由のつけ
はあなたに戻るのよ。」

「マイクにヨットを与えたのはどこ
のだれかしら。まあ、いいわよ。
ラーメンでも食べましょう。
お会計、今日はあたしが持つわよ。
いいわね」

〜〜〜しばしすったもんだ〜〜〜
「ずるずる」
「ちゅるちゅる」
「ず」
「ぴ」
「ずるるるる」
「ちゅぴ」
「おいPわ」
「ほんと」
「P、、」
金曜日の妻たちの麺を
すする音はいつまでも
続くのであった。おちまい。
LA 09 at LAMENYA
お断り:この記事は全くのフィクション
であり、麺をすする白人の婦人の影
があまりに素晴らしかったので
つい、アフレコってしまっただけです。
実際に存在する人物にはいっさい
関係ありません。
今回のステイの目的はというと。
ロス在住の
あこがれのドラマーのレッスンを
受けることになったので、
それならピアノも持ってきて
友達の家に泊めてもらって、
みっちりこちらで
気分も一新、ピアノとドラムの
練習の日々を送る事にしようと。
さっそくそのドラマーのかた
のスタジオで
昨日からレッスンがスタート。
エクササイズで
「塩屋」を叩いた!
きのう庭師のかたが来られたあとに柵の間を
塞いでいる網を少し上にあげて置いたみたいで
その隙間からピースが
庭から出てしまった。冷や汗ものだったが
戻って来てくれた。毎日ピースといると
リラックスした中にも事件が起こります。

昨晩はケチャップを友達に買って来てもらい
たまねぎのみじん切りと
ハムときのこのスパゲッッテイをつくった。
なつかしいナポリタンの味を想像しながら。
たまねぎの焦げみがベースになって
おいしかった〜 夜中は雨が降った。
LAは干ばつなので恵みの雨!

こういうロゴを見ると「ふふロスだなあ」
とにんまり。どこ行くのも車ですね。

僕が滞在している離れのポーチ。
「ダデイ男、運転おつかれさま」

昼間は暑いです。しかし湿気がないので
冷房はいらないです。いざというときは
特大扇風機で風を頂きます。

収穫のときをいまかいまかと待っていると
ふと目をそらしたすきをみてレモンがぽとん。
本日はすでに3つ。せっかくだから並べて
みました。

どの娘がいいかな?
「うちら機嫌よ〜やらせてもらってますけどな」
「そうそう」
「ほんまやね〜」
トリオ漫才かい!

さっそくレモンソーダ、レモンと南仏の塩と胡椒
だけでつくったパスタ、エンダイブのサラダレモン風味
などをつくりました。
「レモン、あたちにはすっぱすぎだね」」

一日緊張が続くと不思議なことに朝早く
目が覚めるもんだ。
今日は朝8時くらいからごそごそ。
べガスのモーテルを出たのは10時すぎ。

ああ、僕の大すきな「o」の看板が。
これはベラルーシホテルのシルクド
ソレイユの作品です。

それからほぼ5時間くらいが流れ。
おお、きたきたきた〜〜〜。ついにinspection
が〜〜〜〜。くだもの、植物?ないですないです。

いざLAにはいってからの交通事情は
大変なものがありました。やはり都会です。
なんとか無事に友達の家に着きました。
そこの離れを借ります。

LA
へきて、いきなりの暴走機関車ぴ。
今日は初めてのLAハリウッドの友達の
家の庭で剛速球で走りまくり。
いまはさすがに疲れてばたんきゅう。
僕もにたような者です。
これから寝ます。

韓国料理を食べてきました。やっと
落ち着いて食べました。ずっとマック、
ウエンデイーズ、タコベル、サブウエイ、
デニーズなどの中から選ぶ3日間だった
ので、地の底から安堵のため息が
上がりました。
今回はペンシルベイニア、オハイオ、
インデイアナ、イリノイ、ミゾーリ、
カンサス、コロラド、ユタ、アリゾナ
そしてネバダと走りました。
朝9時すぎあたりにモーテルを出発
して昼過ぎくらいまで走り、手でつまめる
ものをドライブインで購入後また
夕方6時くらいまで走る。そして
またちょこちょこつまみながら夜の
12時あたりまで走る。そんなかんじでした。
観光スポットには行ってないけど
偶然手招きされるように見つけた
すごい景色や体験がありました。
そのひとつひとつがものすごく意味のあり
そうなことなのでゆっくりちょびちょび
ここで(ロスに着いてから)
思い出しながら書き残したいと
思います。ものすごい体験でした。
(引っ張ってるわけじゃないよ)
それでは今日の一日をダイジェストで。
こんな渓谷、緑多きところを通り

ユタは磁場だ。「龍の谷」「黒い岩」という
(ごめん。こんなかんじの名前だったはず)
場所で車を停めて表にでたら、そこは平らな場所なのに
谷底の方向に体が引っ張られて行くのがわかった。
携帯も切れてしまった。体と心臓をぎゅっと
大きな力で握られているような感触があった。

そしてなにもない砂漠のような場所へと
迷い込んだ30分間。exitと書かれている
ところを降りてすぐにガソリンスタンドを
探したがみつからず車を走らせたのだ。
牧場も草も鳥もなにもない生き物の気配の
ない道。
正直恐かったが、ガソリンを入れないと
その先のユタの大きな砂漠で今度は進めなく
なってしまう。どうしてもっと前で入れなかった
のか後悔しても遅い。そして延々走らせること
30分で、小さなスタンドを見つけた。
そこで会った白人のおじちゃんは大きな入れ物に
別にいっぱいガソリンを入れて帰って行った。




べガスまで6時間と近づいた
セイントジョージあたりから夜が始まった。
360度の夕焼けはいままでの人生でみた
一番のスペクタクルだった。そしてそのあと
左側に白い月、右側に夕焼けがくっついたまま
しばらく車を走らせた。こんなに悠々と楽しく
しかも短い時間でここまで来れたのは自然の
力がくれたパワーのおかげだと思う。


コロラド、ユタ、
アリゾナとまわって、なんといま
「ばり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜%
$#”%$###$%&’
’&%&$%#$#!”!&
()0=(’&%!!!」
でおなじみのネバダはべガスに
到着しました。(去年6月中旬の
ラスヴェガスの旅でバリーマにロウに
遭遇しばり〜〜〜と下品にも叫んで
しまった事件。詳しくは2008年
6月の記事をご覧ください)
ほんま、われながらようやるY
コロラド、ユタ、すごかった〜〜
運転ひ〜ひ〜言いましたが
来た甲斐がありました。すごいもん
いっぱい見たし経験しました。
とにかく腹濱田ペコ美和子なので
これからぴ連れて
飯に繰り出します。(部屋で粗相せんよう)
帰って来て
またいろいろ書き込もうと
思います。
あ。一瞬つながった。インターネットが劣悪
環境のため(モーテルばっかで、つながっても
遅すぎる)更新滞ってます。すまそん。
たったいま奇跡的につながったので。
まずDVDよかった。続々と届いている
ようですね。するめのようにかみかみ
楽しんでください。
僕の元へも「おくったよ」という会社から
のメール
頂きました。旅から帰っての視聴に
なりそうですが、僕も楽しみです。
ぱ〜て〜ひらこっかなあ。
さて今僕はコロラドです。毎日ちゃんと
寝てゆっくり時間をかけてるつもりですが
気がつくとこんなところまで。性分
なんでしょうか。
























































